これは井口和基博士のエッセイのページです。
無断転載を禁じます.

サッカーがうまくなるページ


 このページは,まだ子供や若者で,本当にサッカーがうまくなりたいという人たちへのページです.

 ここに書かれている内容は,私がサッカーの現役選手時代(小中学生の頃から大学まで)からずっと現在にいたるまで自分自身のサッカー理論として身に付け,自分自身で実践して来たことのエッセンスをまとめたものです.ですから,書店にあるような,いわゆるサッカーの本にあることは,意識的に書かないようにしました.むしろ,実際にサッカーを行ったり,サッカーの練習をしたりするときのためのヒントになるような事柄だけを書き留めることにしました.このページの読者が,これらをヒントにさらにサッカーを楽しめ,より上達することを心より願っています.

右から2人目の選手が私.高校2年生(16歳)の頃.


1.はじめに

サッカーがうまくなる条件:サッカーを好きであること

 これからサッカーについていろいろお話して行きますが,その一番最初に,サッカーがうまくなるための条件を述べたいと思います.それは何も難しいことではありません.サッカーがうまくなるための条件は,「 サッカーがとても好きである 」ということです.これは,別にサッカーに限るわけでもなければ,スポーツに限るわけでもなく,どんなことにも当てはまるでしょう.
 しかし,これが何より大事なことなのです.「 人の一生には限りがあり,我々人間はいつか死ぬもの 」です.ですから,できれば,自分が本当にやりたいと思うことや自分の本当に好きなことにだけ打ち込むべきなのです.いやいや何かをすることほど,人生を無駄に,無意味にすることはないからです.たとえ短い人生であったとしても,本当に自分が打ち込めることをやり遂げて行った人は,たいへん幸せであると言えるでしょう.
 実際,サッカー選手になるためには,何年も何年も激しく苦しい練習をしなくてはなりません.時には,単調な練習も,時には苛酷な練習もしなくてはなりません.こうしたトレーニングなしに,サッカーがうまくなることは有り得ません.もしあなたがサッカーが本当に好きなら,例えどんなに練習がきつく辛くてもそれに耐えられます.どんなに苦しい練習も,その中に充実した時間や楽しみを見つけ,自分の生きがいにできるでしょう.しかし,あまり好きでなければ,その練習には耐えられず,いずれサッカーを途中で投げ出してまうことでしょう.そうなると,せっかくそれまで苦労して練習してきたこともすべて無駄になってしまい,きっと後悔することでしょう.それなら,初めからもっと自分の好きなものをやったら良かったことになるでしょう.何ごとも楽しめなくては,不幸です.サッカーも同様です.サッカーをする以上,サッカーを楽しめなくては不幸です.そのためには,最低限サッカーが好きでなくてはならないでしょう.サッカーが好きなら,必ずサッカーを楽しめますから.
 私は,小学校時代から中学校2年までは,ずっと野球少年でした.何よりも野球が好きでした.しかし,それと同じくらいサッカーも好きでした.私がいた中学校にサッカーの良い先生がいたというきっかけで,中学校2年の後半からサッカーに転向しました.それ以来ずっとサッカーマンでいます.私の時代は,まだJ-Leagueのできるはるか昔ですから,私はプロサッカー選手にはなりませんでした.しかし,私はずっと今までサッカーを続けています.それは,「 私はサッカーが大好き 」だからです.
 サッカーをしているときは,だれとでもすぐに友だちになれます.相手が幼稚園の子供でも小学生でも中学生でも高校生でも社会人でも友だちになれます.なぜなら,サッカーには言葉も社会経験も何も関係ないからです.実際,私がアメリカ,ユタ大学に留学していたとき,サッカーボールで遊んでいると,どこの国の人ともすぐに友人になれました.まだろくに英語の話せないころからそうでした.韓国の留学生たちとも,世界中から来た留学生たちともサッカーの試合をしたことがあります.なんと素敵なことではないでしょうか.それは,サッカーが「 世界共通の言葉 」になっているからです.そして今も時々同じ幼稚園に子供を通わせているイギリス人とサッカーをすることがあります.
 私は,今でも自分の生活の中で嫌なことや辛い事が起こったとき,サッカーボールで遊びます.すると,どうでしょう.私はすぐにあの若くエネルギーに満ちた少年の時代に戻り,あのときの純粋な自分に帰ることができるのです.汗をかき,ボールを思いっきり蹴ると,自然とそんなことはつまらないことだと身体が諭してくれるのです.そして,嫌なことや辛い事はすぐに忘れてしまうのです.仮に嫌なことがあれば,あるいは自分の上司に嫌な人がいれば,あるいは自分の嫌いな人がいれば,そういう人たちの顔だと思って,思いっきりサッカーボールを蹴ってやればいいのです.気分爽快です.
 このようにサッカーを好きであれば,一生何らかの形でサッカーを楽しむ事ができるのです.ぜひ,若者の皆さん,サッカーをするのであれば,サッカーを好きになって下さい.

(1998年11月25日,水曜日)


2.基礎編:独りでできること

一流のプレーヤーになるための条件:広い視野 -- 玉眼

 サッカーに限らず,一流のスポーツプレーヤーに絶対に必要な能力は,昔の日本人が言うところの「 玉眼(ぎょくがん) 」という能力です.これは,日本の剣道などの武道から来たものです.剣道の達人は,「 相手の顔や手などの部分を見つめるのではなく,相手の全体像から自分自身も含めて見ることのできる非常に広い視野を身に付けている 」と言います.この能力のことを玉眼というのです.まるで,世界を魚の目のようにみたり,水晶の玉を通して見ているかのように見ることから来ています.これは,武道に限らず,ボクシング,テニス,サッカーなどあらゆるスポーツで必要な能力なのです.
 たとえば,ヘビー級のボクサーなどが相手にパンチを打つ場面を超スローモーションでみると,目はまるでどこを見ているのかわからないかのように,遠くを見つめているかのように目はじっとまばたきもせず動きません.しかし,その間ボクサーは的確に相手をヒットしているのです.これが,玉眼の特徴です.これは,いわゆる動態視力というものとは異なっています.動態視力は,あくまで一つの物体をどれだけ早く正確に追っていけるかという別の能力だからです.マルティナ ヒンギスなどのプロテニスプレーヤーが,ボールを打つ瞬間も目はとても広い領域を見ています.つまり,自分のラケットのスイングの流れから,それに向かってくるボールの動き全体を一つの視野に入れて見ているのです.サッカーでも同様です.例えば,ペナルティーキックのとき,超一流のサッカープレーヤーは,ゴールキーパーとこれから蹴り出すボールと自分の足の動き全体を見ながら蹴ることができるのです.これなくして超一流のスポ−ツ選手になることはできません.しかし,この能力を身につけることは,なかなか難しく,若い頃から意識的に練習しないと得られません.
 では,どのようにしてその能力を身に付けたら良いのでしょうか?サッカーの場合,それを身につけるためのもっとも基本的トレーニングは, 「ボールリフティング(ボ−ルつき)」 です.どれだけたくさんボールを落とさずにボールをつき続けることができるかが,自分の視野を広げる練習になるのです.というのは,ボールを落とす理由は,ボールコントロ−ル仕損なったとき,一瞬自分の視野からボールがはずれ,ボールにタッチするタイミングがはずれるからです.もし,自分の視野が広ければ,ボールコントロール仕損なっても,まだボールを自分の視野に入れているわけですから,体勢を立て直すことができます.私は,現在41歳ですが,最高2000回ほどボールをつくことができます.しかし,この回数まで行く間に必ずボールコントロールをミスしそうになることが何度も何度もあります.そんなとき,自分の視野を広くとり,玉眼で見ているために,体勢を整えることができるのです.
 たいてい,サッカーの教科書では,ボールリフティングをする理由は,ボールコントロールを身につけるため,基礎技術を身につけるためと書いてあります.これはもちろんまったくそのとおりで,正しいことなのですが,私はむしろ,「 精神集中力を高めること(つまり,長時間精神集中を持続できること) 」や「 視野を広げること 」のために行っていると考えています.
 ぜひ,ボールリフティングで,自分の視野を広くできるように,自分で意識的に試みてトレーニングしてください.
 ボールリフティングの回数の目安は,小学生で100回前後,中学生で500回,高校生で1000回程度できれば,玉眼に到達したと考えて良いでしょう.

(1998年11月21日、土曜日)

キックの基本:走ること

 サッカーのキックの基本は,「 走ること 」であるということを説明しましょう.この事実が日本のサッカーでは昔からあまり強調されてきませんでした.そのために,日本のサッカー選手のパスが欧米や南米のサッカー選手のキックと比べると,不正確に(精度に欠けて)見える原因なのです.
 サッカーは,野球やバレーボールなどの他のスポーツと異なり,市民マラソン,ハ−フマラソン並みに走ることが必要な苛酷なスポーツです.ですから,サッカーの基本能力の一つは,当然「 持久力 」になります.ゲームを行うためには,中学生なら,30分_2,高校生なら35分_2,成人なら45分_2ほどダッシュしたり,走ったり,ジャンプしたり,キックしたりし続けなくてはなりません.
 さらにこれに加えて,サッカーでは正確にボールを蹴ってパスしなくてはなりません.これができなくては,単なるボール蹴りになってしまい,およそサッカーというスポーツにはならないからです.サッカーのパスの基本は,手を使うことは,スローインのときとゴールキーパーにしか許されていないので,足でボールをキックすることになります.このキックのしかたは,良く知られているように,
(1)インステップキック(足のコウで蹴る),
(2)インフロントキック(足のコウの親指の付け根付近で蹴る),
(3)アウトフロントキック(足のコウの小指の付け根付近で蹴る),
(4)インサイドキック(足の内側で蹴る),
(5)アウトサイドキック(足の外側で蹴る),
(6)ヒールキック(足のかかとで蹴る),
(7)トウキック(足のつま先で蹴る),等があります.
これらは,ボールを蹴るとき,足のどの部分をボールに接して蹴るかという違いから来ています.
 「蹴る」ということは,「 ボールにどれだけインパクトを加えるか 」ということです.インパクトによって,ボールの勢いを調節するわけですから,蹴るときの足のスピードとボ−ルに対する足の接する面積によって,ボールのスピードが変わります.基本的に,「足の接する面積が広いキックほどボールのスピードは減ります」.科学的にいうと, ボールへのインパクト=1秒間に実際にボールに加わる力ヨボールに接する面積 ,となります.したがって,同じ力でボールを蹴った場合,どの蹴り方がボールを前により遠くへ飛ばすかというと,その順番は,(7)トウキック(足のつま先で蹴る),(1)インステップキック(足のコウで蹴る),(2)インフロントキック(足のコウの親指の付け根付近で蹴る),(4)インサイドキック(足の内側で蹴る),(5)アウトサイドキック(足の外側で蹴る)となります.
 最近でこそ,ラグビーの選手は,ペナルティーキックのとき,サッカー選手のようにインフロントキックで蹴るようになりましたが,昔はより遠くへ飛ばすことのできるトウキックで蹴っていました.しかし,トウキックはボールコントロールが非常に難しく,よりコントロールしやすいインフロントキックに変わってきたのです.それは,トウキックのときには,ボールと足のつま先の間の接地面積がたいへん少ないからです.サッカーでも全く同様です.(しかし,トウキックは,ゴ−ル前の混戦のような近距離では,たいへん有効な蹴り方です.不正確でも素早いボールを蹴ることができるからです.)
 では,どのようにしたらそのキックの精度を上げられるのでしょうか?それはキックのときに,「 自分がキックすることをあまり意識せず,あたかも走り抜けるかのようにボールを蹴ること 」なのです.普通,人が走るとき,キックボクサーのように,足を回し蹴りするように走る人はいません.しかし,日本では日本代表クラスの選手でも,「走ること」と「キックすること」を別の技術のように扱う選手がほとんどです.それは,基本的に筋力の弱い日本の選手が,無理矢理遠くへボールを飛ばそうとしてインフロントキックで蹴ろうとするからです.この場合,相手の選手は,キックするのかドリブルで走るのか簡単に見分けがつきます.一方,ジュビロ磐田のドュンガ選手や鹿島アントラーズのジョルジ−ニョ選手のような世界の超一流の選手は,まったくいつボールを蹴るのか分かりません.それは,キックが走る動作の一部になっているからです.基本的に走る動作の中の一連のまっすぐした足の動きからキックがくり出されているからです.走りのフォームから,ボールをまっすぐ押し出すように蹴ることができるからです.これができないために,城選手や中山選手等の日本の選手のシュートは不正確なのです.なぜなら,シュートのときの一瞬のタイミングは足を回し蹴りするほどの余裕がないからです.このシュートの最も美しい典型が,先のフランスワ−ルドカップのアルゼンチン対オランダ戦の決勝点となった,ビルカンプ選手のシュートでした.まるで,バレリーナが足を前に突き出すかのようにきれいに足をまっすぐ押し出したシュートでした.
 さらにアルゼンチン代表のバチステュ−タ選手のキックの秘密もここにあります.あるいは,ブラジル選手の蹴るドロップシュートの秘密もここにあります.かつて鹿島アントラ−ズでプレーしたアルシンド選手のキックもそうですが,まっすぐにインステップキックができます.特にバチステュ−タ選手やかつてのジ−コ選手の場合,このまっすぐにインステップキックを蹴る際,ひざを伸ばさずに,ひざを上にもち上げるようにしてさらにボールにドロップ回転をかけてシュートします.そのとき,体も軸足を中心に伸び上がります.まずはじめに「 しっかり軸足を踏み込んで,その軸足を蹴る瞬間に思いっきり走り抜けるように伸び上がる 」のです.バチステュ−タ選手のシュート後の写真で,彼がいつも「ひざを抱えるかのように伸び上がって写っている」理由がこれなのです.彼のシュートは,ほとんどがゴロかライナーで,まったくといっていいほどゴールのワクをはずすことはありません.これが彼がセリエAで何度も得点王に輝いている理由なのです.先のフランスワールドカップのアルゼンチン対日本戦では,日本代表は彼のこの能力にしてやられたのです.
 若い選手の皆さん,まっすぐに走り抜けるような(インステップキックの)蹴り方をぜひ身に付けて下さい.これは見ているほうもたいへん美しく感じるものです.

(1998年11月22日、日曜日)

ドリブルの基本:インサイドワーク

 ドリブルの基本は,「インサイドワーク」であるということを説明しましょう.「インサイドワーク」とは,「頭の使い方」のことです.一言で言えば,「 頭の良い選手ほどドリブルがうまい 」ということです.
 サッカーのドリブルには,基本的には次の2つがあります:
(1)グラウンド上のドリブルと
(2)空中でのドリブルです.
ドリブルと言うと,普通はボールをフィ−ルド上で転がすことを考えますが,実はそれ以外にボールを空中に浮かして相手を抜き去るという方法もあるのです.前者の名手は,かつて左足の天才といわれたオベラ−ツ選手や皇帝と呼ばれたベッケンバウア−選手,そして日本のジェフ市原で活躍したリトバルスキ−選手など旧西ドイツの選手たちです.後者の名手は,言うまでもなく,「サッカーの王様」と言われたペレ選手です.特に,ボールが相手の頭上を超えていくドリブルや相手の脇の下をポンと跳ねていくようなペレ選手のドリブルは,サッカーの神様のように華麗なプレーでした.マラドーナ選手のドリブルもそうでした. 
 しかし,何よりもこれらの偉大なサッカー選手たちに共通している才能は,みんな「 頭脳(あたま)を使ってプレーする 」ということでした.ボールを相手の頭の上を超えさせるにしても,相手の脇(わき)の下を超えさせるにしても,相手の股(また)の間を抜くにしても,そのボールの行き先に敵の選手が待ちかねているのであれば,ボールは敵に取られてしまいます.ドリブルを続けるためには,いつも敵のいないところへボールを送り,だれより先にそのボールに近付き,ボールをキープしなくてはなりません.ですから,ボールを的確にコントロールすることはもちろんですが,何より大事なことは,「 一つ一つのプレーの後の結果がどうなるか予測する 」ということです.つまり,次にどうなるのか,どこへボールを転がせば次のプレーに生きるのか,より良いのかいつも自分の頭で考え,予測しながらプレーするということなのです.
 仮にボールコントロールに失敗してボールが変なところへ飛んで行っても,それに一番早く気付き,だれより先にそのボールのところに行けるのなら,まだあなたはそのボールをキープしているということになります.例えば,あまりボールコントロールの上手でない選手でも,相手のゴールキーパーやディフェンスの選手のいないところにうまくボールを蹴り込んで,自分の足で一番先にそのボールに追いつくことが確実なのであれば,それはたいへん素晴らしい,有効なドリブルとなります.日本でこれができるのが,浦和レッズの岡野選手です.鹿島アントラーズで活躍したレオナルド選手もこのタイプのドリブルの名手です.
 このように,一つ一つのプレーの先を読みながら,予測しながらプレーを行うということが,サッカーで最も大切なことなのです.しかし,これとて,実はサッカーではたいへんなことなのです.なぜなら,「 考えながらプレー(スポーツ)するということは,脳が最も酸素供給を必要とする 」ことだからです.考える(思考する)と人間の身体のほとんどのエネルギーと酸素は脳で消費されてしまうのです.つまり,考えながらプレーすると,すぐに疲れてくるのです.ですから,体力消耗するスポーツ,例えば,マラソンや潜水競技や水泳などでは,むしろできる限りよけいなことは考えないように訓練します.しかし,サッカーのようなチームゲームでは,これは不可能です.考え続けなければ,相手の思うつぼです.プレーはワンパターンになり,いつも相手に予測されてしまいます.これが,サッカーが最も苛酷なスポーツの一つである理由なのです.しかし,同時に人々を魅了して止まないサッカーの素敵なところでもあるのです.
 では,どのようにしたら,考えながらプレーできるようになるのでしょうか?思考プレーできるようになるのでしょうか?それは,何も難しいことではありません.「 いつもの練習のときから,あるいは家にいてくつろいでいるときも,試合のときもまったく同じように,次のプレーをイメージする 」ことなのです.これは,いわゆる「 イメージトレーニング 」の一つですが,サッカーの場合,練習中にも,試合中にも,「イメージトレーニング」する必要があるのです.なぜなら,サッカーの試合は,いつもまったく異なる展開になるからです.サッカーは,水泳やスケートやスキージャンプのような個人競技と違って,自分の最良のプレーだけをイメージすればいいというものではないからです.いつもいつもサッカーのさまざまな状況に合わせてイメージすべきでしょう.それが,皆さんの頭の中に,サッカーの中で現れ得るさまざまな状況に対して,自然と身体が対応していけるような道を作ってくれるのです.その結果,実際の試合の最中には,基礎的なことで頭を使うことなく,より高度なより進んだ戦術などもっと高いレベルの思考ができるようになるのです.
 若い選手の皆さん,ぜひ頭をいつも使って考えながらプレーできるようにしましょう.

(1998年11月25日、水曜日)

ドリブルの極意:ボール扱いと身体の使い方

一番右が私.

 さらにより具体的にドリブルのインサイドワークについてお話しましょう.ドリブルのインサイドワークには,これらを知識や言葉として頭の中にたたき込んでおき,いつも「 この知識に従って身体を動かせるようにしておく必要がある 」ものがあるからです.というのは,言葉として理解しておくと,その行動の意味をより明確に把握(はあく)することができるからです.人前で実際にやってみせたり(これはしばしばとても重要なことですが),身ぶりや音声だけでサッカーの技術を完全に理解することは,不可能だからです.これはきっと何ごとでもそうでしょう.
 まず,ドリブルには,基本的に次の3つの状況があります.
(1)敵が離れていて,自由にドリブルできるとき,
(2)敵が接近していて自由にドリブルできないとき,
(3)ドリブルで敵をかわすとき(つまり,ドリブルで相手を抜くとき)です.
サッカーにはこれらそれぞれの状況に合わせて行わなくてはならない,ボ−ル扱いと身体の使い方の基本があります.
 (1)の場合,ドリブルの基本中の基本は,いわゆる
(あ)「ルックアップ(顔を上げる)」と
(い)「ドリブルをするときは,ゴールへ一直線に進む」
というものです.前者は,敵がいない場合は,顔を上げて「 自分の周りを,特に前方をよく見る 」ということです.周りをいつも良く見て今自分がどこへパスを出したらいいか,何をしたらいいか考えながらドリブルするということです.まして前方を見なくては,得点の機会を作ることはあり得ないからです.後者は,フィールドのどこでドリブルをするときもそうですが,「 ドリブルは必ず敵のゴールへ最短に向かってゆく方向にする 」ということです.そうしなくてはあまりドリブルの効果はありません.なぜなら,サッカーも,バスケットボ−ルと同様に,敵のゴールにボールを入れて得点することが目的のゲームだからです.ゴールするためには,できる限り敵のゴールに近付かなくてはなりません.そのためには,できるだけ最短に相手のゴールを目ざす必要があるのです.つまり,「 ゴールの中心と自分とを結んだ線上にまっすぐにドリブルする 」ということです.バスケットボ−ルで横の方向ばかりにドリブルしていては,少しも得点には結びつきません.サッカーもそれと全く同様です.自陣の方向にドリブルしたり,横にドリブルしたり,敵のゴールに近付こうとしないドリブルでは,敵は少しも怖がることはないでしょう.また見ている観客も面白くないでしょう.やはり,ドリブルは,敵のゴールを最短距離で目ざすような,かんぜんと立ち向かうようなものであるべきです.
 (2)の場合,ドリブルの基本中の基本は,
(あ)「ボールと相手の間に自分の身体を入れる」,
(い)「相手と正対(正面に向けるような体勢に)できるように,素早く持ち込む」
というものです.前者は,そのようにして,常に「 自分の体でボールをブロックする 」ということです.これは,どの教科書にも書いてあるほど重要なことです.事実,自分の体を盾にしていれば,ボールはいくらでもキープすることができます.後者は,相手を「 ドリブルで抜き去るための体勢に持ち込む 」ことや「 前方にパスできる体勢に持ち込む 」ということです.実際,いくらボールをキープできたとしても,あなたが前を向かなくては,後ろの方にしかパスできません.日本選手が国際試合のとき,バックパスが多く,どうしても消極的に見える理由がここにあるのです.日本選手は,ブラジルやアルゼンチンの選手などと比べて技術的に劣り,相手にチャージ(身体が接触していること)されているような接近戦では,なかなかすぐに相手と正対できないのです.その結果,ボールを奪い取られることを恐れて結局はうしろへパスしてしまうのです.それと比べると,ブラジルやアルゼンチンの選手は,ほんの一瞬のすきにすぐに体勢を整えてきます.サッカーにとって,どちらが有効であるか明らかです.
 (3)の場合,ドリブルで相手を抜き去るための基本は,
(あ)「スピードの変化を付ける」,
(い)「相手の裏をかく」,
(う)「ボールを相手の視野からはずす」
ということです.(あ)が重要なのは,「 人間がもっとも反応しにくいのはスピードの変化 」だからです.人間の反応は,同じリズムやスピードに適応しやすいようにできています.ですから,ゆっくりしたリズムから急に早いリズムに変化したり,逆に非常に早いスピードから急激にストップしたりするリズムやスピードの変化にはほとんどの場合,相手の体が対応できなくなるのです.(い)は,ドリブルは「 相手の思いもかけないように意表をつく 」ようにするということです.チームゲームの場合,どんなスポーツでもそうですが,相手の予想することをやったのでは,相手の思うつぼです.ですから,相手の裏をかくようにしなくては,あなたは自分のしたいことを少しもできなくなります.普通のサッカーの教科書にあるような,ドリブルで「 フェイント 」をかけるのも,実はこれが目的なのです.(う)は,ボールを一瞬相手の視野からはずすと,まるで手品のように,「 相手にはボールがまったく見えなくなる 」のです.その結果,相手はパニックになり,どうしていいか分からず動きが遅くなります.したがって,迷っている相手を尻目に簡単に相手を抜き去ることができるのです.このテクニックのチャンピョンがペレ選手でした.
 さらに,ドリブルで相手を抜くときやかわすときには,いくつかの基本的なボ−ル扱いがあります.
(1)「相手を抜き去った後,必ず相手を自分の背中にまわすようにボールコントロールする」,
(2)「人間の視野は縦に狭いので,縦のボール変化(例えば,浮き玉)に弱い」,
(3)「サッカー選手は脇の下付近が甘い」,
などです.
(1)は「 人間心理の問題 」です.「 サッカー選手は相手に抜き去られ背を向けられると,相手を追うのを諦めます 」.ですから,ほんの一瞬ですが,相手を抜き去った後自分のお尻を相手に向けるように,相手の走るコースの上を走り去ることが重要なのです.これはちょっとしたことに見えるかも知れませんが,ペレ選手やマラド−ナ選手がなぜ一度に何人もドリブルで抜き去ることができるかということの理由なのです.なぜなら,「 サッカーのルールは相手の背後からのチャージを禁止している 」からです.下手に背後からタックルすれば,一発退場の危険があり,相手はこの状況では動きを止めます.しかし,せっかく相手を抜き去っても,相手の走るコースが開いていたり,あなたの位置が相手の斜め前にいれば,相手は執拗(しつよう)にあなたを追い掛け回すでしょう.というのは,サッカーのルールは肩での激しいチャ−ジ(ショウルダーチャージ)を許しているからです.
(2)は,王様ペレ選手の得意中の得意な技でした.ペレ選手は,いつも相手の頭を超すようにボールを絶妙にコントロールし,パニックに陥っている相手を尻目に相手の背後にさっと走り過ぎて相手をかわしました.そして次の選手がタックルに来ると,その選手の身体の上をポンとボールを浮かせて,自分も相手の上をひょいと飛び越えて行きました.何人も何人もこれで抜き去りました.最近の選手でこれができる選手はもうほとんどいません.しかし,これは実に効果的な方法なのです.というのも,「 人間の目は縦方向の視野が非常に狭く,すぐにボールが視野からはずれる 」からです.スピードの早い動きほどそうです.実は手品の多くもこの原理を使っています.
(3)は,「 サッカー選手は手が使えないので,足や頭の一番届きにくいところは,脇の下付近にある 」ということです.ドリブルで相手を抜くとき,ボールが地面にあると,足の長い外国人選手などにはすぐにボールを蹴られてしまいます.しかし,ボールが相手の腰の横辺りにあると,つまり脇の下辺りから腰の高さにあると,なかなか足で蹴ることも頭でヘディングすることも難しくなります.ですから,ボールをちょっと浮かせてやると相手はタイミングもずれ,体勢もくずれ,比較的簡単にドリブルでかわすことができます.
 これらのテクニックは,ペレ選手の動きの基本です.ペレ選手は13,4才のころ当時有名なプロのコ−チから,こういう医学的な知識に基づいたトレーニングを徹底的に受けたのです.100mを10秒台で走るというような,陸上競技のトレーニングも受けたそうです.彼はサッカーの現役選手を辞めた後,大学に入り,スポーツ医学博士になりました.このことからも,若い頃彼が受けたトレ−ニングがどれほど,ペレ選手に影響を与えたのか分かるでしょう.そして現在,ペレ選手はブラジルのスポーツ省の大臣を勤めています.
 若い皆さん,ぜひサッカーの基礎的な技術や身体の動きは,身体で覚えるだけでなく,それらの意味を,なぜそうするのかということを言葉として頭でも理解してください.そうすれば,きっともっと今以上に上達が早くなることでしょう.

(1998年11月26日、木曜日)

以下さらに続く.

            
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